34歳にしてこの強さ!!『テニス界の女王=セリーナ・ウィリアズ』

『テニス界の女王、セリーナ・ウィリアムズ(米国)』は、ウィンブルドン・女子シングルス決勝が行われた7月9日、第4シードのアンゲリク・ケルバー(ドイツ)を7−5、6−3のストレートで下し、2年連続7度目の優勝を飾りました。セリーナのグランドスラム優勝は通算22度目で、シュテフィ・グラフ(ドイツ)の通算優勝回数についに並びました。

ウィリアムズ姉妹と言えば、ブランクを乗り越えながら長年女性テニス界に君臨しています。セリーナが初めて4大大会(グランスラム)で優勝したのが1999年の全米オープン、わずか『17歳11ヶ月』の若さで4大大会初優勝を達成しています。姉のビーナスは15ヶ月ほど年上ですが、彼女が初めて優勝したのは2000年のウィンブルドン、2001年の全米オープンでは、決勝戦で姉妹対決でビーナスが優勝しています。

このころからウィリアムズ姉妹の時代が始まりました。2002年2月、ビーナスは初の黒人選手として世界ランキング1位に輝きました。そして2002年の全仏オープンから2003年の全豪オープンまで、なんと姉妹による決勝戦対決が続きましたが、いづれも妹のセリーナが勝ち『セリーナスラム』の偉業を達成しました。

しかし選手に怪我や故障はつきもの、セリーナでさえ休養しなければなりませんでした。その後テニス界に復活、世界ランキング1位に返り咲いたかと思えば、また故障(休養)の繰り返しでした。しかし不死鳥のようにまた戻ってきます。2012年にはウィンブルドンで優勝、そしてアテネオリンピックでも金メダル、ついにキャリアゴールデンスラムを達成しました。

その時セリーナはすでに30歳、普通のテニス選手ならすでに引退する年齢ですが、30代になってからますます活躍しています。2013年の2月には世界ランキング1位の最年長記録を塗り替えました。この年の獲得賞金は女子としては史上初めて1000万ドルを超え、男子を含めても史上4人目の快挙となりました。生涯獲得賞金額も5000万ドルを突破したそうです。

2016年のビーナスと言えば、全豪オープン、全仏オープンの決勝戦に進出しましたが、残念ながらどちらも負けました。しかし2月には世界ランキング1位が連続157週目を迎え、ナブラチロワの記録を抜き、歴代に第2位になりました。

しかしウィンブルドンでは、その屈辱を跳ね飛ばして優勝をかざりました。これによりグランドスラムの優勝が22度目、ついにグラフの記録に並びました。彼女の勢いはそれだけではありません、シングルスの優勝は飾ったその5時間後には、姉のビーナスと組んだダブルスでも優勝したのです。

今回はビーナスも準決勝進出、残念ながら負けて姉妹対決はみれませんでしたが、ビーナスの活躍にも敬服します。このまままだ二人の活躍が続くことを期待しています。

ウィンブルドンで優勝したセリーナウィリアムズ

ウィンブルドンで優勝したセリーナウィリアムズ

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