伝説の調教師『カミングス』

競馬と言えばオーストラリアではちょっとしたおしゃれなスポーツです。メルボルンカップを始め大きなレースが、春と秋に開催されます。特別レースの時は、皆さんおしゃれをして出かけます。11月の『メルボルンカップレース』では、職場でも賭けが行われるほど、競馬は国民に親しまれています。

そのために優勝を重ねた有名な競走馬の子馬は、億単位で取引されることもあります。そしてその馬を調教する人たちの中には、私でさえその名前を知っているほど有名な方もいます。その一人が『メルボルンカップ』で優勝した馬を何頭も調教した、伝説の調教師『バート・カミングス』です。

”カミングス調教師は豪州最大のレースである『メルボルンカップ』を12回も制して、“カップキング”の異名を取る名伯楽。獲得したGIタイトルは実に260以上におよび、国内に限らず管理馬を積極的に海外にも遠征させた。

短距離馬が中心になりがちなオーストラリア競馬において、中長距離馬を育成する技術には卓越したものがあり、日本のジャパンCにも4頭の馬をエントリー(そのうち人気の一角になると予想された1996年のセイントリーなど2頭が出走取消)して、1991年のシャフツベリーアヴェニューはゴールデンフェザントの3着に好走している。”(8月30日づけサンケイスポーツより)

カミングスが調教を始めたのは26歳の時。最後の『メルボルンカップ優勝』は2008年でしたが、ちょうどこのレースに初めて、調教した馬を出走させてから50周年という記念すべき年でした。

カミングス調教師は8月30日、享年87歳で亡くなりました。今週『メルボルンカップ』に出走する馬の登録が予定されていますが、彼が調教した競走馬はどうなるのでしょうか。アボッツ首相は彼の国葬を決めました。調教師が国葬されるのは、オーストラリアならではですね。

カミングス調教師、1999年のメルボルンカップ優勝

カミングス調教師、1999年のメルボルンカップ優勝

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