オーストラリアクリケットともに、『選手そして解説員 リッチー・べノード』

オーストラリアに住んで30年近くなるけど、好きになれないスポーツがあります。『クリケット』オーストラリアの国技?英国連邦(カナダを除く)で愛されているスポーツです。インド、パキスタン、バングラディッシュとスリランカでは、多分日本の野球やサッカー並みの人気です。

しかし仕事の関係でSCG(シドニークリケットグランド)に行く機会も多いです。今年は世界選手権が開催され、オーストラリアが優勝しました。決勝戦はメルボルンで開催されましたが、セミファイナルのオーストラリア:インド戦は、ものすごい混雑でした。嫌いなスポーツでも、『オーストラリアの話題』として取り上げていますが、このかた無くして、クリケットを語ることはできません。

クリケットグランドで良く見かけるスタイル

クリケットグランドで良く見かけるスタイル

私がSCGの仕事をするたびに、こんな格好をした人たちを見かけました。最初はふざけでやっているかと思ったら、その次の時も、その次の時も、、。必ずどの試合でも見かけるようになりました。実は長年クリケット試合の解説者として活躍した『リッチー・べノード』の真似をしていたのです。

『リッチー・べノード』が4月10日に亡くなると、彼が長年クリケットの解説員をやっていたチャンネル9では、彼を偲ぶ特別番組が放送されました。クリケット選手として活躍していた頃は、オールラウンダーでした。バットマン(打撃手)としてもボウラー(投手)としても良い成績を残しています。

テストマッチのオーストラリアチームキャプテンも務めていましたが、まだ若かったチームを引っ張り、英国、インド、東インド諸島での試合で活躍しました。試合で活躍しただけでなく、チームの育成(発展)にも活躍してくれたようです。彼なくして戦後動乱期のチームの発展はなかったかもしれません。

現役選手時代 とてもハンサムでしょう

現役選手時代 とてもハンサムでしょう

彼は現役の選手として活躍するだけでなく、26歳の時、英国での試合が終わった後、そのまま滞在してBBCのプレゼンター(ニュースレポーター)の研修を受けました。そして世界ニュース(BBC)でレポーターとして活躍しました。最初はラジオでしたが、その後テレビに移籍しました。

1964年(東京オリンピックの年)に現役を引退すると、英国のBBCとオーストラリアのチャンネル9で、クリケットの解説者として活躍します。ちょうどクリケットのシーズンが逆なので、それぞれのシーズンで働くことができました。

チャンネル9のオーナーは、オーストラリア一の富豪とも言われてケリー・パッカーです。彼はテレビ局だけでなく、新聞や週刊誌を発行する会社を持っていました。それまでテレビ放映されたなかったクリケットに注目して、商業ベース(テレビ中継及びリーグ戦)にすることに成功しました。この時に尽力したのが『リッチー・べノード』です。

解説もマイクに口をつける独特のスタイル

解説もマイクに口をつける独特のスタイル

二人がいなかったら、たとえオーストラリアの国技と言われても、クリケットの選手は試合するだけでは、生活していけなかったかもしれません。オーストラリアで野球リーグを作りましたが、選手としてだけえは生活していけないように、、。

彼は2010年ごろから少し解説員としての仕事を少なくしていきました。彼を偲んでか、彼のスタイルを真似て観戦に来る客が増えました。2013年に自動車事故で重傷を負い、2014年10月に皮膚ガンが発生しました。残念ながら84歳という高齢もあり、今年の4月10日永眠しました。

オーストラリアデーに放送されたCMで

オーストラリアデーに放送された今年のCMで

オーストラリアのアボット首相は、ご家族に国葬を申し入れました。しかし彼は『静かな葬儀』を希望していたようで、葬儀は身内だけの密葬になるそうです。『リッチー・べノード』の冥福をお祈りします。(敬称略)

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