世界一周入門 その12『海外移住 オーストラリア編』

日本人として生まれ、ドイツで働き、カナダに移住した私ですが、寒いのが嫌いな私は、オーストラリアに移民しました。ワーキングホリデー制度を利用して半年、学生で半年住みましたが、特に永住したいと思ったわけではありません。

1988年、アメリカのグリーンカードの結果が降りなかったので、駄目でもともとと単純が気持ちで応募した私です。一年以上かかりましたが、翌年に永住権がおりました。降りなくても『カナダに住める』という逃げ道があったからこそ、特に意気込みはありませんでした。

1988年オーストラリアは200年祭を迎えて、観光業が大きな柱になりました。ホテルなどもどんどん建設され、サービス業をする人が必要になりました。そのおかげで『ウェイトレス』というサービス業で技術移民の申請をすることができました。実際はガイドを仕事にしていましたが、ガイドでは申請できませんでした。日本語を習っているオーストラリア人が多いので、日本人のガイドはいらないというのが理由でしたね。

スポンサーによるノミネートではなかったので、永住権を取ってしまえば、仕事の制限はありませんでした。1990年代はオーストラリアがブームになり、シドニーだけでも日本人ガイドが300人以上いましたよ。しかしガイドで申請するのは難しく、ほとんどのガイドさんが結婚やディファクト(内縁関係)、誰かにスポンサーなってもらい、永住権を申請した人が多かったです。

現在でも永住権は申請できます。職業リストは年々変更になっており、以前のように美容師やコックで簡単に取れなくなりました。寿司の板さんは特別リストもありますが、雇用主が決まっていること。大都会では働かないなどの条件で、永住権が降りているようです。

オーストラリアもポイント制になっています。年齢、語学力、諸種リストなどが考慮されて永住権がおります。しかし高い技術力と英語力ないと自主申請が難しくなっています。オーストラリアの雇用主を見つけるのが一番です。

私が25年も住んでいるのですから、住みやすい国には間違いありません。しかし移民が増えて住宅が高くなり、この国で生活するのも大変になっています。鉱業ブームが下火になり、オーストラリアは不況に向かっています。社会福祉もどんどん削られているのが現状です。

良い仕事が見つかれば、ある程度の生活はできるかもしれませんが、『日本より絶対にも住みやすい』ということはありません。海外で暮らすにはそれなりに大変なこともありますので、やはりワーキングホリデー制度や学生で、外国生活を体験してから決めるのがよいですね。

シドニーの空の下

シドニーの空の下

 

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