『川上哲治さん』を偲んで

私が小さい時は『巨人、大鵬、卵焼き』と言われた時代です。時代とともに子供たちに人気の物は変化していますが、日本が高度成長だった1960年代そして昭和40年代は、まさに日本が一番元気があったころかもしれません。

田舎にはNHKと民放一局しかなく、テレビの番組が限られていました。夏になると野球を放送していましたが、あの頃は『巨人』しかチームがないのかと思っていました。『ON砲』と言われた王選手と長島選手が、打撃、打点、本塁打で首位を占め大活躍時代、さらに金田選手が国鉄から移籍して投手に加わりました。1965年から1973年までの『日本シリーズ9連覇』は、まさに日本経済の原動力『国民』を支える原動力になったことでしょう。

その時の監督を務めたのが『川上哲治さん』です。同じ熊本出身と言うこともあり、野球をしない私でさえ親しみがありました。多分熊本出身で『一番身近に感じる偉い人』も川上さんです。もちろん現役時代の姿を見たことなければ、実際にお会いしたこともありません。野球解説をしている時、すこし『熊本なまり』が残っていて、とっても親しみを感じました。熊本の大先輩が、東京で活躍され『日本一』になるのですから、テレビで見るいて嬉しかったです。

1964年『東京オリンピック』、1970年『万博』、1972年『札幌冬季オリンピック』、そして1975年『沖縄海洋博』。私にとって成長と共に思い出が詰まっている時代です。世間では『ベトナム戦争』『学生運動』『公害問題』など大変な事件もありましたが、そんな問題や事件と全く縁のなかった私には、日本が生きているという充実した時代です。

その原動力となった『大鵬親方』『巨人の川上監督』が、ともに今年亡くなったと言うのは、私にとって『昭和の灯り』がまたひとつ消えたような気がします。先日自殺された『藤圭子さん』も、この頃に活躍されていました。平成も25年が過ぎて『昭和生まれ』は一世代昔の人間になっています。戦前と戦後では考え方も全く違うでしょうが、同じ戦後生まれでも、『高度成長時代』と『バブル時代』生まれでは、考え方も異なります。

『川上哲治さん』のように『野球』を通して、何かを伝えられるような人が少なくなっています。今日本シリーズが行なわれています。何せ海外に出てから日本の野球を見る機会がないので、『イチロー』『松井』など有名な選手しか知りません。今年楽天の『田中選手』が大活躍しているようですが、スポーツには常にヒーロー(子供が憧れたくなる)が必要ですね。

そう言う意味では『川上哲治さん』は日本国民のヒーローでした。ご冥福をお祈りします。

現役時代の川上選手 by wiki

現役時代の川上選手 by wiki

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