アメリカ2012 『ボランティア日記 その15』

*これは2012年アメリカ旅行した際に、フレスノ近くで三週間ボランティアをしたときのお話です。その13は『ウェアーハウスチャーチ』をお届けします。

ボランティア活動している間、毎朝8時から9時頃までチャペルでミサがありました。牧師さんは誰もいません。その日の担当があり、皆で30分以上歌います。賛美歌と言うのではなくゴスペルと言った方が近いですね。その後スタッフやボランティアのひと達が『自分の体験』を語ります。皆熱心な信者ですから、自分の神との経験を語りますが、時にはもっと自分の人生だったりすることもあります。

かといって『キリスト教を信じない』さいと強制されることはありませんでしたが、『神が導くでしょう』と語った人は多いです。神はどんな形であれ存在するでしょうし、その神は心の中でいつも身近にいます。と思っている私ですが、機会があればいろんな教会やミッションを尋ねています。今回外の教会とミッションに行く機会がありましたが、思い出に残っているのはバイセリアにあった『ウェアーハウスチャーチ』です。

バイセリアも他の街に劣らず『ホームレス』のひと達がいます。ドラッグやお酒が身を崩した人。暴力などから家庭から逃避した人など、、、。理由はあっても、『ホームレス』として暮らすのは大変なことです。神様が存在するなら、何故助けてあげれないのか?何故ホームレスでいなければならないのか?神に向って恨む人もいるかもしれませんが、一般のひと達は『ホームレス』に対して暖かい手を差し伸べようともしません。『ホームレス』だって神を信じることは平等です。教会に行くお金がないなら、神を信じることはできないのでしょうか?

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アメリカほど『愛国心』と『崇拝』を表す国もないと思います。普通の会話の中に『何を信じているか?』と聞かれることも度々でした。『無宗教』と答えるとしっぺ返しを喰らうので、『仏教徒』と答えておくと、『日本人だから』と納得してくれるようです。

この『ウェアハウスミッション』は、皆が寄り集まって出来たミッションと言う感じです。もともと『ホームレス』ために週末に倉庫でミサをしたのが始まりのようです。人が集まるには場所も必要ですが、『安全』でなければなりません。『ホームレス』が集まると、近所で嫌がらせをするひと達も多いそうです。『ホームレス』が集まるから治安が悪くなると、差別するひと達も多いようです。

現在はコミュニティーセンターをかりて、毎週日曜日にミサが開かれますが、『Gleanings for the Hungry』のスタッフのひと達もこのミサに参加しています。会場は外ですが集まっているひと達は、ヒスパニック、黒人、そして白人がいました。でもその殆どが決して中産階級とは言えないひと達ばかりです。カナダ人のジャネットとジョンも一週目は参加していましたが、翌週は別の教会に行くと言うので、私も見学がてらそちらにも行きました。しかしあまりにもきれい過ぎて、なんだか『神様の有り難さ』が伝わって来なかったです。

どちらが良いとか悪いとかは判断できません。それぞれの目的が違うでしょうから。でもこの『ウェアーハウスチャーチ』の方が私には馴染み安かったです。ボランティア活動している時は、全てを悟りの境地です。(と言っても生活がありますから、いろいろと問題はありますが)金銭、損得抜きで参加していました。教会と言ってもきれいごとではやっていけません、そこには信者からの寄付がないと成り立ちませんからね。その点私はこの教会が肌にあったのかもしれません。いつか『ボランティアしながらのんびりと暮らせたら』と思っている私です。

アメリカ2012 『ボランティア日記 その14』

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