オーストラリアの忠犬ハチ公『レッドドッグ』

今日は『忠犬ハチ公』が生まれて90周年と言うので、グーグルロゴに『忠犬ハチ公』が描かれていました。私が東京に住んでいたのはもう何十年も前のことです。渋谷に『パルコ』なるビルガ出来てから、学生や若者を中心に『渋谷ファション』なるものが流行っていました。もちろんあの周辺に住む友達も多かったです。渋谷での待ち合わせに『忠犬ハチ公前』を利用しました。

『忠犬ハチ公』と言っても、その背景にどんな物語があるかは知りませんでした。『忠犬ハチ公』のご主人が亡くなってから数年も渋谷駅に来ては、ご主人の帰って来るのを待っていたとは。生前に『忠犬ハチ公』の銅像が製作されましたが、その剥製が国立博物館に展示されているとは、知っている人も少なかったと思います。『忠犬ハチ公』については、2009年ハリウッド映画『Hachiko』になりました。

諸外国には忠犬物語がいくつかあると思いますが、オーストラリアでは、2011年『レッドドッグ』という映画のモデルになった、ケルピー犬(オーストラリア牧場犬)がいました。この犬はその毛の色から『レッドドッグ』と呼ばれていました。この犬を記念した銅像は西オーストラリア州の鉱山の街Dampierにあります。

レッドドッグを知っている人によれば、人によって別の名前で呼ばれていたそうです。しかし毛の色とその鉱山がある街の土の色から『レッドドッグ』として知られるようになりました。二人目のオーナーJohn Stazzonelliは、鉱山でバスとトラックの運転手をしていましたが、犬を連れて南はパースから北はポートヘッドランドまで、西オーストラリア州を旅行していたようです。

レッドドッグの銅像 by wiki

1975年にオーナーが亡くなっても、この犬は旅行をするのを止めませんでした。あるときは自分で歩いて、あるときはトラックやキャンピグカーなどをヒッチハイクしたと言われています。映画の一シーンでは漁船にのって、日本まで行ったことになっています。これは本当かどうかわかりませんが。

レッドドッグがこの街に戻って来る度に、獣医に診察してもらったり、住民に可愛がられ人間並みに扱われたようです。そのためにユニオンやクラブのメンバーにも選ばれ、銀行の口座さえ与えられました。

誰かが毒薬を与えたために、1979年に死んだそうです。その遺体は何処か誰も知られない所に埋められています。しかし彼の伝説は今でも残っており、オーストラリアやイギリスの作家により作品の題材に取り上げられました。その小説をもとに映画化されています。

もしDampierの街を通りかかることがあれば、レッドドッグの銅像に会って上げて下さいね。 

レッドドッグ公式サイト

 

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2 Responses to オーストラリアの忠犬ハチ公『レッドドッグ』

  1. マック近藤 より:

    この映画なかなか楽しそうですね.予告編がすごいいい!
    actusでも紹介させていただきました。

    • takechan より:

      マックさんコメントありがとうございます。
      日本のwikiでは紹介されていませんが、
      とってもオージーらしくて楽しかったです。
      もうひとつのサファイヤも良かったです。
      カンタス航空に乗ると
      オーストラリアの映画が見れるのが良いですね。

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